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ピンクリボンと私

小泉 美都枝 (川崎市立多摩病院 画像像診断部 診療放射線技師)

ピンクリボンとの出会い
乳房健康研究会との出会いは、「第1回 ミニウオーク&ランフォーブレストケア(2002)」において、乳房検診バスでのマンモグラフィ撮影のお手伝いがきっかけです。当時はまだデジタルシステムを搭載した検診バスは無く、フィルム/スクリーンシステムにて撮影後のフィルム処理にとても神経を使う時代でした。そのような中、多くの方にマンモグラフィ検査を紹介し検診受診者を増やしていこうという画期的な取り組みが行われ、ここへ診療放射線技師として参加いたしました。これを機会とし数年間続けられた「ミニウオーク&ランフォーブレストケア ピンクリボンウオーク」の検診バスでのマンモグラフィ撮影を担当する事となり、皆様とお付き合いが始まりました。これがピンクリボンとの出会いです。

ピンクリボン活動の中で、「乳がん」の診断を受ける
2008年夏、右乳房のシコリに気付き受診、結果私は「乳がん」の診断を受けました。医療人として患者の立場から「乳がん診断」から「乳がん治療」に感じてきたことを啓発活動に生かしていきたいと考えました。治療に際しましては、職場の仲間に支えられ仕事と治療を両立する事が出来ました。仲間に支えられ病気と闘う大きな力となったことなど多くを感じました。また、治療に多額の費用が必要となることも知りました。収入源となる「仕事と治療の両立」の大切さを感じました。乳がんの早期発見と、乳がん治療中の仕事と両立が出来る職場作りと環境作りも大きな課題と感じました。

「乳がん」経験から啓発活動へつなげる
「45歳をスタートに2年に1回の乳がん検診と自己触診をして来ました。前回の検診も(異常なし)心配ないはず!」しかし、以前より、両側乳房にシコリを感じており気になるところでもありましたが、検診では大丈夫だという思いが働き、まさかという思いもありました。まさしく、患者さんの「何故わたしががんに」という状況におかれました。しかしシコリの異変は、左は可動性が良いのに、右は何か引っかかるところから「乳がん」を疑いました。今まで勉強した症状そのものです。受け入れたくない反面、一方では「どう受け止めれば良いか!」「何故、今まで気がつかなかったのか!」治療に入るまで自問自答が続きました。平行して以前から継続している「乳がんの啓発活動ピンクリボン運動」もさせて頂いておりました。そんな中で、自分が治療に踏み出せないでいる事が恥ずかしくなり、乳腺外科の診断を受け入れる準備を始めました。中々受診に踏み出せない患者さんとの気持ちが痛いほど分かりました。ここで、闘う覚悟と、全てを記録に残し今後の「乳がん検診」啓発活動の資料としようと決意しました。詳細な記録を残す準備に入り、乳がん治療がスタートしました。

患者の立場になって改めて思うことは、どんな場面でも、その時その時相手の立場に立って共に感じる事がどんなに患者の支えになっているか、たわいも無い一言でも少しの安らぎを感じ、次の治療に前向きになれる。治療中は、それぞれの闘いがあり思いも様々ですが、命は多くの人に支えられて活かされていることを感じました。どんな場面でも「心」を忘れることなく自分が与えられた仕事を大切に頑張りたく思います。今後もこの貴重な経験から頂いた全てのことを大切に、「ピンクリボン活動」に取り組みたく思います。

(2015年9月)