ごあいさつ

  先進国の中で最も乳がんの少ないわが国でもこの10年に乳がんの増加が目立つようになり、医学統計やマスコミを通して、注意が必要であるとの報告がなされています。乳がんは日本で年々着実に増加し、すでに1985年に患者数でみて子宮頸がんを抜きました。これらの統計的動向を裏付けるように、身内や友人の乳がん手術、あるいは死亡の通知などが私達の日常の会話に入り込むようになってきています。


私はこの30年間、癌研病院でこの乳がんの増加ぶりを見てきました。その増加は爆発的とは言えないのですが、戦後から経年的に右上がりの微増を重ね、気が付いたときはその増加の程度は相当なところに達してしまいました。

しかし、わが国ではがんと言えば胃がん、子宮頸がんの観念が強く続きました。いつの間にか多いがんの種類が変わってしまって、現在日本女性のがん患者で多いものはまだ胃がんが第一位ではありますが次いでは、大腸がん、乳がんとなっています。乳がんは3番目ですが、上位との差もわずかというくらいまで増えているのが実情なのです。

しかし、日本女性の意識の中に、この乳がんの増加はまだまだ食い込むまでには至っていません。胃や子宮には思いを馳せても、乳房など考えてもいない女性が大部分なのです。通常の女性はブラジャーには配慮しても、乳がんの増加を考えて自分の乳房それ自体に気を配ることは限られたもので、まだ少人数に留まるというのが実情です。いやそれ以前に、たとえ乳がんの増加を心配しても、依然として自分には関係のないものとして乳房には注意を払わないばかりか、これまでまともに自分の乳房を念入り触ったことがないと平然と言う女性が多いのです。

どうして女性はこれほどになるまで、自分のがんを進ませてしまうのでしょうか。このような方々は、自分の乳がんに早く気づくことができないのでしょうか。


いや、これはほとんど確実にできるはずです。このような場合、乳がんには誰が触っても異常なしこりが触れるのです。従って問題は自分で乳房を触ろうとしない、あるいはいつか自分も乳がんになるかもしれないと自覚しないことに原因があります。自覚さえあれば、自分の乳房のしこりという異常に早く気づくのは十分可能です。

最近、乳がん全身病説という考え方がアメリカから拡がり、この考えを少し拡大解釈して「早く乳がんを発見してもすでにその人の運命は決まっている」などと主張する人がいます。でも、乳がんは小さい間に発見すれば、それに応ずるように手術成績は良好で、1cm,2cm,3cmと大きくなれば、それだけ成績は不良になるのです。

私は乳がん外科医として、私の前に来てくれる乳がん患者の手術に明け暮れています。毎日の手術をきちんと行うことが私の重要な義務でしょうが、このような進行乳がんを毎回見るにつけ、「わが国では乳がんが決して早期発見されていないこと」「いつかは自分も乳がんになるかもしれないくらいに乳がんが増えていること」「異常なしこりの発生に細心の注意を払って自己検診を行い、ひいてはマンモグラフィ検診を受けること」の大切さを女性に訴える会を作ることも、これまた非常に重要な責務であると考えるに至ったのです。


霞 富士雄

癌研究会附属病院 乳腺外科部長(設立当時)